2020年大会の感想 (1)

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(ヴェイパー賛成派の方は読まないでください)



大会終了後、3ヶ月近くも経ってしまいました。

ここまで時間がかかったのは心の整理がつかなかったから。

史上最高レベルの戦いだった前回を、軽く、大きく、桁違いに越えてくれた今回の大会を、何とか褒め称える感想を書けないかと、悩んでましたが、はっきり言って無理です。

Yahooとかのコメントに書くのならば当たり障りない事を書きますが、ここは自分の個人サイト。無難な事ばかりを書きたくはない。

本音で書きます。

箱根駅伝がヴェイパーフライにぶっ壊された、と感じました。





前回の19年大会は、大会のレベルの高さに感動しました。

大会終了後には、録画を見直し、陸上雑誌を読み直し、ネットで他の人の感想や考察を漁りまくり、自分で感想を書くまでに相当の時間がかかりました。

しかし更に桁違いにハイレベルな記録が連発された今回の2020年大会は、全くの逆でした。

感想を書くのに時間がかかった原因は、振り返るのがつらかったから。

陸上雑誌を買っても読む気が起こらない。録画も見れない。

私が大好きだった箱根駅伝はそこにはなかったから。



私は元々、駅伝の記録に興味を感じるタイプの駅伝ファンですが、今大会でのハイレベルを通り越した異常レベルのタイムの連発には、嬉しさよりも違和感ばかりを感じてしまいました。

常識を超えたタイムの連発が、実力によるものならば大歓迎。

しかし、実力だけでここまで劇的にタイムが伸びるわけはなく、他の要因があるのは間違いないでしょう。

もちろんその要因とは、話題の厚底高反発シューズ、ナイキの「ヴェイパーフライ」。

2017年に初代モデルが発売され、箱根駅伝では18年大会、19年大会でも着用していた選手はいました。



私は厚底シューズがタイムの伸びに大きな影響を与えるとは考えていませんでした。

シューズを変えたくらいで速くなるわけはない、仮に速くなったとしても10kmで5秒、20km10秒くらいの、誤差の範囲くらいの効果だろうと思っていました。

しかし今大会を見ると、ヴェイパー効果は20kmで1分くらいはあったのではないかと感じます。



前回のヴェイパー着用率は40%程度だったそうですが、今大会では80%以上と2倍に増加。

更に、前回までのシーズンで使われていたヴェイパーは、扱いにくい第1世代、第2世代の物だったのに対して、今シーズンでは扱いやすくなった第3世代のヴェイパーが主流だったそうです。

扱いにくいシューズ着用率40%と、扱いやすいシューズ着用率80%では、実際の効果の差は2倍よりももっと大きいでしょう。



多くの選手が第3世代厚底高反発シューズ「ヴェイパーフライネクスト%」を履き、そして幕を開けてしまった狂乱の2020年大会。

異常にハイレベルな記録が連発され、過去の名選手との比較はほぼ無意味と化しました。

24年以上積み上げてきた記録の価値観が覆されてしまったのは私には大ダメージでした。



ギアの進化も競技の進化の一部分。

ファンとして箱根駅伝の進化を喜ばないのもどうかと思うけど、そんな正論では心に空いた穴は埋まらない。

以前あった高速水着レーザーレーサーの一件では、規制に憤りを感じました。

少しでも速くなれるならばベストなギアを使うのは当たり前。企業の開発努力を無駄にしているのも酷いと。

しかしそんな正論は、水泳が自分とは無関係な分野だったからこそ言えた事だったと痛感しました。



ショックに追い討ちをかけたのは、月刊陸上競技でした。

96年以降、年に3、4冊だがずっと買い続けていて、私の駅伝の知識や考え方は、げつりくに影響を受けている部分が多い。

異常なレベルだった今大会について、げつりくがどういう記事を載せるのか注目していたのですが、ほとんどヴェイパーについて触れる事はなく、ハイレベルな記録を褒め称えるだけでした。



テレビ放送では、スポンサーの関係でナイキのヴェイパーに触れる事が出来ないのはしょうがないかも知れません。

しかし、陸上雑誌までもヴェイパー問題にほとんど触れていないのは残念でした。

陸上雑誌を作る人たちは、陸上の記録を扱う専門家のはずですが、10kmで数十秒もタイムが変わる靴の存在に、なぜもっと突っ込まないのでしょうか。



げつりくや陸マガの記事など、真面目な物ほどヴェイパー問題をスルーしていて、YouTubeの動画のようにゆるい物では、ヴェイパーの具体的な効果についてまで触れていました。

逆では?

今大会の異常さについて、陸上の専門家だからこそ語れる事があったと思うのですが。



6区で、従来の青学大・小野田選手の区間記録を上回るタイムを出した東洋大・今西選手について、雑誌には、「一緒に走ったら小野田さんはもっと出たでしょう」、というコメントが載っています。

デイリーのネット記事にもほとんど同じ意味の今西選手のコメントが載っていますが、最後の部分は、「もっと速かったと思う。靴とかもあるので」、でした。

陸上雑誌の記事は、最後の大事な部分が抜けています。

意図的にヴェイパーの存在を無視したのか、それとも陸上雑誌の記者とネット記事の記者で、今西選手は別のコメントを残したのか。

それともネット記事が最後の部分を捏造したのか。

文脈的には、靴とかもあるので、とついた方が自然な気がしますが。



大学の関係者もヴェイパーがここまで効果があるとは考えていなかった節があります。

早大の相楽監督は、11年大会で優勝した時のタイム10時間59分51秒を上回れば3位に入れると考えていたと、雑誌に明かしていますが、現実は57分台までタイムを縮めて、それでも7位でした。

チームを率いる監督でも今大会の異常な記録の伸びは予想出来なかったという所に、第3世代ヴェイパーなどの高反発シューズのヤバさを感じます。



2020年大会では、何より印象的だったのが2区でした。

学生ナンバーワンランナー東洋大・相澤選手と、そのライバルの東京国際大・伊藤選手。

2人が14km以上に渡って競り合い、65分57秒と66分18秒という二つの大記録が生まれました。

日本人2人が同じ大会の2区で67分を切ったのは初めての事。

しかもそれが、同学年のライバル同士が競り合って出した記録なんて最高です。

箱根駅伝史上に残る名勝負だったのは間違いないです。

しかし両選手ともヴェイパー着用での記録です。



ヴェイパーの効果を仮に1分前後とすれば、相澤選手の65分57秒も67分を切れたかは微妙で、伊藤選手の66分18秒は67分オーバーになるでしょう。

しかし、ヴェイパーが全選手に平等に1分程の効果があるとも思えず、選手によっては多少の効果の違いはあったでしょう。

仮に両選手の効果が40秒くらいだったとしたら、ヴェイパーなしでも2人は67分切りを果たした事になります。

記録好きの駅伝ファンとしては、これが逆にやっかいなところです。



もしも両選手の記録が66分50秒台の対決だったら、ヴェイパーなしでは67分切りは出来なかったと言い切れます。

もしも65分30秒前後の超ハイレベルな記録での戦いだったら、史上初の日本人2人による67分切り対決は、ヴェイパーなしでも実現していたと思えます。

しかし、65分57秒と66分18秒というのはかなり微妙なラインです。



私が2区の67分切りに拘るのは、多分90年代からの箱根ファンならば印象が深いであろう99年大会が理由です。

99年大会の2区では順代・三代選手が66分46秒を記録して駒大との一騎打ちを制しました。

しかし突き放した駒大の選手は、駒大の準エースの佐藤選手。

三代選手にとって宿命のライバルといえる、駒大のエース藤田選手ではありませんでした。

その藤田選手は4区で圧倒的な強さを見せて区間新記録を出します。

もしも藤田選手が2区だったら、ライバル同士が競り合って両者が67分切りなんてシーンが見れたかも知れない、そんな事を考えた駅伝ファンは多かったのではないでしょうか。



90年代では、95年大会、96年大会、99年大会で見れた67分切りの記録は、00年代以降は中々見ることは出来ず、00年大会〜18年大会の間では、08年大会、09年大会で留学生の山梨学大・モグス選手、日本人では11年大会で東海大・村澤選手が出しただけでした。

99年大会から20年も時間が過ぎた19年大会で、順大・塩尻選手と日大・ワンブィ選手が67分を切り、初の67分切り対決が実現しました。

しかし、この2人はタスキを受け取った位置が離れていたため、競り合う事はなく、またワンブィ選手には申し訳ないけど、日本人選手同士の対決が見たかった。



今大会での相澤選手と伊藤選手の67分切り対決は、まさに長年望んでいた夢の対決でした。

それが、ヴェイパーという要因が絡んだため、記録の価値が良くわからず、名勝負に水を差された気分です。

まさか最高のライバル対決を見れて、こんな微妙な気持ちになるとは思いませんでした。

待ち望んでいた21年間はなんだったのか。



相澤選手には66分48秒を切れるかにも期待していました。

これは90年代を代表するスーパーエース、早大の渡辺選手の2区のベストタイムです。

私が駅伝ファンになるきっかけになった中大のエース松田選手は、渡辺選手等スーパーエース選手の引き立て役なってしまう事がよくありました。

その松田選手が後に学法石川高校の監督になり、育てた選手の1人が相澤選手。

相澤選手は66分48秒を51秒も上回り、松田監督が超えられなかった壁を、66分突破のオマケ付きでぶち破りましたが、ヴェイパーの効果を考えると、喜んで良いのか微妙です。

65分30秒くらいの記録を出していたら、ヴェイパーなしでも66分48秒は確実に上回っていたと思えるんですが・・・



もしもいつか、ヴェイパーなどの高反発シューズが禁止になったとして、普通のシューズで、ライバル同士が直接対決をしての両者67分切りや、松田監督の教え子による66分48秒切りが達成されたとしても、感動は薄れてしまうでしょう。

すでに形の上では達成されているわけですし、シューズの効果を差し引いても、2020年大会の相澤選手と伊藤選手の走りは非常にレベルが高かったからです。

しかし高反発シューズがなくても、相澤選手たちは偉業を達成出来ていたのか?と考えると、出来たとも出来なかったとも言い切れないラインなのが悩ましいです。



今大会では2区、3区、4区、5区、6区、7区、10区の、7区間で区間新記録が誕生。

新たな区間記録保持者となった7人のうち、6人がヴェイパーを履き、残る1人の創価大・嶋津選手も、ヴェイパーではないものの、ミズノ製の高反発シューズです。



2区 山梨学大・モグス選手66分04秒 → 東洋大・相澤選手65分57秒

3区 青学大・森田選手61分26秒 → 東京国際大・ヴィンセント選手59分25秒

4区 東洋大・相澤選手60分54秒 → 青学大・吉田選手60分30秒

5区 國學院大・浦野選手70分54秒 → 東洋大・宮下選手70分25秒

6区 青学大・小野田選手57分57秒 → 東海大・館澤選手57分17秒

7区 青学大・林選手62分16秒 → 明大・阿部選手61分40秒

10区 順大・松瀬選手68分59秒 → 創価大・嶋津選手68分40秒



高反発シューズかなくても確実に区間記録を上回っていたのは、3区のヴィンセント選手だけでしょう。



かつての山上りの名選手だった大東大・奈良選手が、、96年大会の放送中に、自身の区間記録を破られた際に「凄い複雑ですけど」、と本音を言っていましたが、今大会で記録を塗り替えられてしまった過去の区間記録保持者たちはどんな気分なんでしょうかね。

高反発シューズで出た今回の新記録を、本音で良く思っているとはまず思えませんが。



ヴェイパーによる記録の伸びは、箱根駅伝以外にも影響はあると思います。

1万mなどの各種目の大学記録。ヴェイパーを履いた選手が記録を塗り替えるケースは当然出てくるでしょう。

ヴェイパーを履いた後輩に抜かれた先輩は、はたして母校の記録の発展を喜んでくれるのでしょうか。

中大のユニフォームの黄台、日大のユニフォームのピンクのタスキライン、これらは大学記録保持者になるとつくそうですが、伝統ある栄光のユニフォームを、シューズの効果で獲得していいものなんでしょうか。

シューズの進化も長距離走の進化という意見もあるでしょうけど、ヴェイパーは度を越していると思います。



他にも青学大が2年生までに5千mで14分30秒を切らないと、マネージャーにならないといけないというルールや、駿河台大の徳本監督が言っていた、5千m14分、1万m29分を切れたら外泊等の自由を認めるというルールは、基準はどうなるんでしょうね。

多分、他の大学にも、こういったタイムを基準にしたルール的なものはあるんじゃないかと思います。

ヴェイパーが与えた大学長距離界の混乱は、決して小さくはないでしょう。



散々ヴェイパーを悪く書きましたが、厚底は選手の体への負担を減らし、故障予防にもなるという良い点もあります。

足底部を守れれば、長距離選手を悩ませる貧血予防にもなるでしょう。

選手の体を守れるというのならば、反対する事は出来ません。



練習で厚底を履き、本番では今までどおりの薄底で走ってくれないかとも思ってしまいますが、厚底のヴェイパーと薄底では走り方が違うでしょうから、ありえないでしょう。

世界陸連が、現在発売されているヴェイパーフライネクスト%等の高反発シューズの使用を認める決定を、すでに発表しており、これからは高反発シューズを履くのが長距離レースの常識になるのは間違いないでしょう。

個人的には、カーボンによる異常な高反発をなくした、厚底「低」反発シューズならば認める、という決定を期待していましたが。



世界陸連はナイキに訴えられる可能性を恐れて、今回の決定になったらしい、とネット記事になっていました。

ヴェイパー発売からのこの2年数ヶ月で、すっかり既成事実を作られてしまったのが大きかったようです。

せめて、第2世代のヴェイパーフライ4%フライニットの段階で規制してくれていたら、と思ってしまいます。

第2世代までは、第3世代のヴェイパーフライネクスト%ほどの破壊力は無かったと思います。

箱根駅伝の記録の価値が破壊される前に規制して欲しかったです。



シードラインが11時間10分を切った2019年大会で、箱根駅伝は新しい時代に入ったと思っていましたが、それは間違いだったようです。

2019年大会は旧時代が完結した大会。

今年の2020年大会こそ新時代の幕開けでした。

私が好きだった箱根駅伝は、まだヴェイパーの影響がそれほど大きくなかった2019年大会で終わっていたようです。



97年大会、01年大会、13年大会では強い風が吹き、主に往路のタイムがめちゃくちゃになりました。

あの時も残念だったけど、まだ「来年こそは大丈夫だろう」と希望が持てました。

しかし、ヴェイパー問題は来年になっても変わりません。

これからは10区間すべてで、記録の価値が良くわからない大会が毎年ずっと続くと思うと、今の段階ではため息しか出ません。



2年前には、全日本大学駅伝8区間中、7区間が一気に変更されました。

長年見てきた学生駅伝は、ここ最近で急激に変わってしまった。

駅伝の新しい楽しみ方を見つけなければいけない、そう思いつつも、今は気力が全く湧きません。





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